はじめに

2020/6/30付で公開された在日米軍横田基地司令官による『地域』の指定と、東京・横浜首都圏をその域外の「立ち入りが禁止される場所」と規定する指令の内容は、在日米軍広報部が発行する”「新型コロナウィルス感染症」に関する横田基地の対策状況”においてまとめられたものだった。
その元となる指令は、同6/30付でキャンベル司令官が自ら発出した「横田基地所属の全人員に対する覚書」(改訂第3版)にあった。この6/30付『覚書』が発出されるまでに、在日米軍司令官らが独自に新型コロナ感染状況の再評価と方針の見直しを行っていたことが、これまでの公開情報から判明した。
以下は、2020/6/10に在日米軍司令官により発表された『公衆衛生非常事態宣言の継続』(※国内未報道)を受けて、在日米軍横田基地司令官が6/12に最初の『地域』指定と『立ち入りが禁止される場所』の定義をいかにして変更したか、指令変更に至るまでの経緯を推論とともに検証したものである。
※以下日本語の引用部分『』は全て在日米軍横田基地の仮訳に基づく。本稿では基本的に在日米軍による英文和訳の評価は行わず、また独自訳による解釈も行っていない。本稿は「翻訳記事」ではないことを留意いただきたい。
感染拡大を憂慮する在日米軍司令官らの苦悩と判断

キャンベル司令官による方針見直しは、6/12付発令の『2020年6月10日付の在日米軍司令官による公衆衛生非常事態宣言の継続』に基づき実施された『公衆衛生非常事態管理官(PHEO)との協議』の結果、決定していた。
キャンベル司令官は6/12付『覚書』において『首都圏ならびに横田基地周辺自治体において、新型コロナウイルスの感染が引き続き我々に危険をもたらしています』と、感染拡大を受けて『基地司令官としての権限で公衆衛生非常事態を宣言しました』と、独自の判断で宣言を発令したことを明らかにしている。
これは、6/10付の『在日米軍司令官による公衆衛生非常事態宣言の継続』の発令に次いで6/11付で行われた『健康保護体制』レベル引き下げの発表の際に、在日米軍のシュナイダー司令官が各施設・基地司令官レベルで独自に判断を行うことが認められていたからだと推察される。 https://twitter.com/USFJ_J/status/1271271341291794432
「施設及び基地司令官等は継続して、彼等が管轄する各地域の状況を査定し、必要な場合は、在日米軍司令部の基本保護態勢レベルであるブラボーからより厳しいレベルに引き上げる権限があります。」在日米軍司令官 健康保護態勢レベルをブラボーへ変更指示(2020/6 /11|在日米軍司令部)
米国政府は4/3次点で駐日大使館を通じて次のように表明した。米国政府は常に独自の判断で日本国内の感染状況を判断していることがうかがえる。
そのひと月後の2020/6/12、在日米軍司令部は同じく日本全国の米軍基地・施設を対象とした新型コロナウィルスに対する健康保護に関する警戒レベル(健康保護警戒態勢=HPCON)を当初の上位レベルの「CHARLIE」(C)から 一段階下の「BRAVO」(B)へと引き下げた。 https://news.yahoo.co.jp/byline/takahashikosuke/20200612-00183091/
これは、国防総省指令上、『地域での重大な疫病の発生による人員への中程度の脅威および/または感染する事実上のリスクがある』状況を示す。
『BRAVO』と『CHARLIE』の定義の違いは、この「中程度」(MODERATE)という表現が、上位段階の『CHARLIE』では「重大」(SUBSTANTIAL)となることだ。すなわち、脅威のレベルは中程度にまで落ち着いたが、依然として脅威は存在し、『感染する事実上のリスクがある』と判断された状況だ。
横田基地のキャンベル司令官は、この6/12付の『健康保護警戒態勢』レベル引き下げについては、とくにこれまで言及はしていない。あくまで第374 空輸航空団広報部がまとめた上記の6/30付通達のように「現在は健康保護警戒態勢(HPCON)ブラボーにあること」を事実として示すに留めた。
しかし、この警戒レベル引き下げ直後のキャンベル司令官の判断と行動は、基地司令官として国内の感染状況について引き続き懸念していることがうかがえる。
「地域」の定義の変遷

前述の通り、2020/6/10付の『在日米軍司令官による公衆衛生非常事態宣言の継続』の発令により、在日米軍が日本全域に対して発令される『公衆衛生非常事態宣言』(PHE) の適用は7/14まで延長された。
https://www.usfj.mil/US-Forces-Japan-COVID-19/
キャンベル横田基地司令官の独自宣言の判断は、これを受け、公衆衛生非常事態管理官(PHEO)と協議した結果行われたものだということがわかる。

当初、6/12付の横田基地全人員に対する覚書『公衆衛生非常事態における保護対策の更新について』にて、『地域』は次のように定義されていた。
相当に具体的、かつ限定的である。とくに『横田基地にとっての地域とは』と明記した上で、「青梅、入間、所沢、府中、多摩、八王子、檜原および奥多摩(市、町、村)の外縁」「東京都内(渋谷、新宿および六本木)は、地域には入らない」と規定していることから、
当初、横田基地司令官が想定する『地域』には感染者数の増加は念頭になかったのではないかと想定できる。この定義が、6/30迄の間に極端に簡素なものとなる。

「我々の地域は、東京首都圏および横浜首都圏を除外した本州とする。東京首都圏内(例:渋谷、新宿および六本木)は地域の一部ではない。」
つまり、6/12から6/30までの間、『公衆衛生非常事態宣言』の適用が7/14まで延長された直後に、『空軍兵が居住し、かつ居住地から勤務地に通勤する場所』だった定義が「空軍兵が居住する訳でも居住地から勤務地に通勤する場所」ではないが『東京首都圏および横浜首都圏を除外した本州』へと変わった。
すなわち日本のほぼ全域である。

この判断がなされた経緯、理由については、明確な説明はない。しかし、東京首都圏で急増する感染者数の情報を受けて基地内で協議して変更がなされたことは想像に難くない。その判断を補佐するのが、公衆衛生非常事態管理官(PHEO)の役割だと考えられるからだ。
この判断の結果、『東京首都圏および横浜首都圏』だけでなく、図が示す通り、北海道、四国、九州と、一部の島嶼部も「地域の外」であると判断された。それが"Off Limits"(立入禁止)とされた”locations prohibited"(立ち入りが禁止される場所)である。
「立ち入りが禁止される場所」の定義の変遷

6/12時点の『立ち入りが禁止される場所』の定義は、「地域とは空軍兵が居住し、かつ居住地から勤務地に通勤」しない「市、町、もしくは隣接する施設」であって、『通常勤務時間帯に一般の通勤者が日常的に移動する場』以外の場所であると自然に解された。
横田基地はそれを『青梅、入間、所沢、府中、多摩、八王子、檜原および奥多摩(市、町、村)の外縁』と定義し『東京都内(渋谷、新宿および六本木)』はこれに含まれないとした。
6/12時点では、横田基地にとっての『地域』は、「周辺地域」でしかなかった(右)。この地域から除外された『東京首都圏および横浜首都圏』(左)というのは、15日毎の再検討の結果、追加された要素だったのだ。
これについては、本稿を纏めるきっかけとなった以下のツイートを元に記事に整理してくださった英軍事専門誌「ジェーンズ・ディフェンス・ウィークリー」東京特派員の高橋浩祐氏 ( @KosukeGoto2013 )と私は見解を同じくする。 https://twitter.com/tkatsumi06j/status/1278249086378893312
つまり、15日毎の再評価実施の結果、感染リスクはこれらの『地域』で高まっていると横田基地のキャンベル司令官は判断したことになる。そこで新たに"Off Limits"(立入禁止)の地域が明確に規定された。
中でも『渋谷、新宿および六本木』を名指しにしたのは、これらが米軍関係者がよく利用する歓楽街であるからだろう。休暇だからと浮かれる者に具体的に釘を刺した形となる。この『渋谷、新宿および六本木』は、6/12時点でも指定されていた。
現東京都知事曰く『夜の街』と言われている『場所』だが、感染リスクが高いため早くから自重を促していたのだろう。しかも、ストレスのたまった軍関係者が真っ先に行く場所がこうした歓楽街だからだ。

横田基地司令官は、こうした歓楽街や施設の利用を通達で禁じていた。
これらの利用制限の上に、移動制限が『東京首都圏および横浜首都圏』に拡大され、更に『青梅、入間、所沢、府中、多摩、八王子、檜原および奥多摩(市、町、村)の外縁』から、それ以外の赤字でマークしたエリア全てが『立ち入りが禁止される場所』となった。
「制限の緩和」どころではなく、実質的な外出規制の具体化であり、「対策の強化」である。それでも、まったくの外出禁止や移動禁止よりもは緩和された。

それが、今回行われた措置の全容であろうというのが、筆者の理解である。
6/30付の「横田基地所属の全人員に対する覚書」に付記された『横田空軍基地に於ける地域制限 - 2020年6月20日付(YOKOTA AB - LOCAL AREA LIMITS - 30 JUNE 2020)』(拙訳)によると、『立ち入りが禁止される場所』は、以下の通りで、沖縄を除く北海道、本州、四国、九州全域と、ほぼ日本全土となる。
つまり、『横田基地の人員』は東京都・横浜市・川崎市以外の本州全域を移動できるということだ。それでも、いわゆ『7.1項で禁止される』活動については、『地域』内においても禁止される。
首都圏における感染者の急増

6/12の通達以後、新型コロナに関して起きた大きな動きといえば、首都圏のコンスタントな感染者数の増加だろう。6/12以降、感染者数は指数関数的な増加傾向にあった。6/10に在日米軍司令官が『公衆衛生非常事態宣言』の延長を決めたのも無理からぬことだ。
まして、6/25週に至っては、ほぼ日次ベースでコンスタントに増加していき、この2日間では遂にこれが倍加した。

(出典)共同通信(2020.7.3)「【新型コロナ】最新ニュースと各地の動き」
https://www.47news.jp/news/core/4529976.html?from=norm
6/12には『東京都内』のみだった『立ち入りが禁止された場所』が6/30には『東京首都圏および横浜首都圏』に拡大された。報告書に一言も記載がなくても、今回の判断や活動可能な地域と禁止される地域の指定の変遷は、首都圏における感染者急増を警戒してのことだということは自明だろう。
これは6/12と6/30の両通達に共通のこの表現から読み取れる。横田基地司令官や公衆衛生非常事態管理官は、事態が好転しているとは判断しなかったのだ。
終わりに

2020/6/30付で告知された横田基地司令官の度重なる方針変更は、とくに影響を受ける首都圏の感染者数の増加に呼応したものだった。本来、7月4日の『独立記念日』を控え、6/29の週は大型連休扱いとされ誰もが一斉に自由に休暇をとってよい期間だった。
筆者の派遣先の企業でも、北米支社の従業員らは6/27から丸々1週間休みをとりすべての業務が停止していた。そうして国を挙げ、家族や友人たちで集まり、盛大に祝い、休み、英気を養う。

一連の判断は、そういう国民的に重要な一週間を控えて行われてきた。
この大型連休に向けて、在日米軍の首脳は段階的に健康保護警戒レベル(健康保護警戒態勢)を下げるなどして「地ならし」をしてきた。が、首都圏の感染者数は増加の一途をたどり、警戒レベルを下げたとしても、移動の制限を全面緩和することは適わなかった。
そこで苦肉の策として、本来限定的だった『立ち入りが禁止される場所』を全国に拡大しつつ、その対象を限定的なものとした。

それが、今回の通達の持つ意味だった。
本州以外の北海道、四国、九州の全域がなぜこの『立ち入りが禁止される場所』扱いとなったのかは、米軍内での感染の拡がりや、各県における他の各基地の対処方針との整合を図る(衝突・重複を避け各対策を最大効率化する)という面もあるのだろう。
米軍の尺度において、これら地域で必ずしも感染が多くみられているということではないのだと思う。だが首都圏については、これは明らかに感染者急増によるものだと受け止めることができる。それはとくに、6月中の度重なる見直しに見て取ることができる。
在日米軍は『公衆衛生非常事態宣言』の発令後、内部で協議を行い慎重に方針を見直してきた。しかし一向に改善しない感染者増大傾向に対し、大型連休を控えながらも『人員および家族を守るため』移動制限の緩和を限定的にせざるを得なかった。そんな事情が、これまでの公開資料から読み取れた。
その大型連休も今週で終わる。アメリカ本国では感染者数は桁違いに増加している。この感染を接受国である日本の領内で広げないのは勿論のこと、やはり『人員および家族を守るため』在日米軍の司令官らはさらなる苦悩を重ね、慎重な状況判断を行っていくのだろう。
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